変化する中国事情COLUMN コラム

財布の紐を締めた中間層

勝ち組でも、突然の失業があり得る不況の長期化で中国人は、財布の紐を固く閉じました。中国人の生活スタイルが大きく変化しています。

 ほとんどの中国人が生活を守るため、贅沢を我慢し、消費を抑え、財布の紐を固く閉じた節約第一主義になっています。

異例、成長目標発表なし

 中国人の暮しが悪化していることは、当てにならないとされる政府発表からもよくわかります。
 中国国家統計局は10月20日、2025年7~9月期の国内総生産(GDP)が前年同期比4.8%増となったと発表しました。伸び率は連続して縮小となり、経済減速が続いていることを認めました。
 10月20~23日には、共産党の幹部200人が集まって向こう5ヵ年の政策を決める「4中全会」が開かれましたが、成長率の「目標数値」は明らかにされませんでした。
 これは共産党史上、例を見ない異常なことで、内需の不振があまりにも深刻なため、「高い目標」を示すことができなかったのです。
 中国経済は、2020年のコロナ禍で減速し始め、2022年に不動産バブルが破綻し、さらに、米トランプ政権との貿易戦争の長期化で、坂道を転げ続けています。
 中国政府は、EV(電気自動車)や家電製品の購買に補助金を出し、地方政府に売れ残った在庫マンションの販売促進を指示し、株価を押し上げ、優遇金利政策などの実施で景気浮揚を図っています。しかし、効果は一時的で個人消費は「総崩れ」です。

中国経済を映す鏡

 冒頭で、中国人は贅沢を我慢し、財布の紐を閉じていると伝えましたが、ここでは中国が、司馬遼太郎の「坂の上の雲」のように、眩しいほど輝いていた成長期に生れた「中間層」に絞って考えてみます。
 中国社会は大まかに分けると、約5億人の都市戸籍と約9億人の農民戸籍とから成り立っています。豊かな5億人と、貧しい9億人と言い換えてもいいでしょう。
 改革解放(1979年)で始まった経済成長は、中国社会に建国(1949年)から続いた「平等主義」の岩盤に穴を開け、「総貧乏人」の国だった中国に、超富裕層、富裕層、中間層を生み出しました。
 巨大な中国の富の40%を握っているのが、たった1%の超富裕層だと言われますが、ここでは、年収が50万元(約1000万円)以上で、金融資産150万元(約3000万円)以上を有する「中間層」の話を進めます。
 中国の金融機関は、それは3320万世帯で全体の8.9%としていますが、中国メディアは教育水準が高く、海外旅行が可能な生活レベルの世帯を含めて5億人としています。

不動産バブルの担い手に

 「黒ネコでも白ネコでも金を稼いだ者が正しい」とした改革解放が始まると、特権を生かして賄賂と汚職に励んだ共産党官僚を始め、戸籍、男女、老若の別なく、10億人が一斉にカネ儲けに走りました。
 勝ち組がカネを得て買ったのが、マンションです。
 中国では私有財産が認められていないので、不動産を持つことが出来ません。
 建国後に国や国有企業から支給された家は、キッチン、トイレ、シャワールームが共用の約25~40m2の粗末なものだったので、大きな家に住むことが多くの中国人の夢となりました。
 改革解放による経済成長は止まることを知らず、2000年代には「世界の工場」と呼ばれたほど中国は成長し、豊かになった庶民の勝ち組がマンションを求めるようになり、その勢いが全土に伝播したのです。
 都市住民はむろん、農民戸籍であれ、中国人は親族からカネをかき集め、ローンを組み、マンションの購入を急ぎました。
 そんな時代の真っただ中の2007年、上海の古くて家賃の安い長屋に住む隣のおばさんが「息子のためにマンションを買う。上海万博の開催前に必ず買う」と強い意志を語ったことを思い出します。
 隣のおばさんは、大学進学を1年後に控えた息子を持つごく普通のおばさんです。このような庶民が、「中間層」になって、マンションブームを牽引し、消費文化を生んでいったのです。

悲惨な現状

 当時の中国人は子どもを1人しか持てなかったので、子どもは「小皇帝」と呼ばれるほど大事にされました。
 2010年代に入ると経済成長の恩恵が普通の中国人にも及び、教育ブームに火が付きました。中間層の家庭は子どもの英才教育に力を注ぎました。
 学習塾が一大産業となり、親は子どもをピアノや水泳、英会話などの教室に通わせました。中でも中国人のステータスであり、見栄の象徴となったのが、ピアノと豪華な養老院(日本でいう高齢者施設)でした。
 2010年代に上海で会った日本のピアノメーカーの駐在員が「もの凄い売れ行きです」と喜んでいたことを思い出します。
 ところが、今や学習塾は、習近平政府の過剰な教育熱をただす政策によって、ほぼ消滅し、中国全土に熱風のように広がった水泳や英会話教室も激減しています。
 ピアノの音色はマンションから流れてこなくなり、養老院は倒産ラッシュです。
 中間層は今、広いマンションから安価な家に転居し、せっせと教育費を削減しています。親孝行のために養老院に支払っていたお金も払えなくなりました。
 これが中間層の偽らざる現状です。